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真夜中の金魚


~中畑姉弟の夏~
ryuukin #1.

「あれ? 金魚?」

 回覧板を届けに来た大上さんの小母(おば)さんが、入ってくるなり言った。相変わらず目敏い人である。
 彼女の視線の先、下駄箱の上では、先日まで居なかったはずの生き物が、涼しげな風情で己の存在をアピールしていた。
「うん、夜店で掬(すく)た」
「へえ、大きいやん」
 応対に出た中畑家の長男坊・直己も回覧板を受け取りつつ、ちょっと自慢げな笑みを浮かべて肩越しに振り返る。
「へへー。めっちゃ沢山、獲れてんで! 中に、まだ居るねん」
 もっともその大収穫は、父の手によるのだが。
 自分は全く掬う事が出来ず、内心、泣きそうになっていた事は、小母さんには内緒だ。
「懐かしー、金魚鉢。買うてきたん?」
「んーん。以前(まえ)に、お祖母ちゃん家から貰うてきてたん。『金魚には、これ』やねんて」
 件の古風な金魚鉢――丸くて大きくて、上にフレアが開いているやつだ。これは直己が赤ん坊の頃にも使われていたらしいが、その住魚(じゅうみん)である金魚が死んでから、長らくしまいこまれていたのである。
 今回新たな住魚を得て、めでたく現場復帰したという訳だ。
 大上さんは目を細めてその中でゆらゆらと泳いでいる紅いリュウキンを観ていたが、思い出したように、直己に向き直って言った。

「――知ってる? 金魚って、鳴くのんよ」

 先日のお祭りの戦利品を前にニコニコしていた直己は、いきなり妙な事を言われて言葉に詰まった。
 子供とはいえ、自分はもう小学四年生。いくらなんでも、金魚が鳴いたりしない事くらいは知っている(常識だ)。
 当然ながら、思いっきり笑い飛ばした。
「嘘やあ――!」
 これには「知ってるで、それくらい。バカにせんといて」という主張も含まれている。何故なら。
 どういう訳か、この辺りの大人ときたら、父を含めておちゃらけ者が多かった。
 その大人達の、自分はどうやら『いいカモ』らしいのだ。

 これは直己がもっと幼かった頃、言われた冗談を何でもかんでも真に受けて、なかなか楽しい言動(大人には)を披露した結果なのだった。また周りに居る年上の人間達が面白がって、更に嘘八百並べてからかったりしたものだ。
 今では流石に、大人達に悪気は無かったのだと解りはするが――(近所で小さい子の相手をしていると、同じ衝動に駆られるからだ)――からかいたくなるのも、可愛さ故だと解りもしたが。

 傍迷惑な愛情である。

 おかげで『大人は、皆、嘘つき』と疑ってかかる癖が残ってしまった。
 そんな事情を知っているはずの大人の一人は、それでも尚、話を続ける。

「本当(ほんま)よ、鳴くのんよ。人間が寝静まった真夜中、誰もおらへん、しーんと静かな時にな、リーン……リーン……て、鈴みたいな声で」
(――オバちゃん。ちょっと怪談、入ってる?)
 心の中でツッコミを入れつつ、やっぱり嘘やな、と直己は思った。
 一見クールに考えているようだが、その顔には不信感がありありと浮かんでいる。更に、それよりも沢山の呆れで増量されて、こぼれ出しそうな程だった。
 いっそ、ここは関西人伝家の宝刀、『ええ加減にしなさい!』を持ち出すべきだろうか――などと考えていると、流石の大上さんもそれを見て取ったのか、笑いながら帰って行った。

     *     *     *     *     *     *

 そもそも、もし本当に金魚が鳴くのなら。何故『誰も見ていない時』限定なのだろう。
 大上の小母ちゃんなら、「せやから誰も知らへんし、聴いた事も無いんやん!」と大笑いしそうだが。
(こういうフザケた話は、お姉ちゃんの専売特許やと思うてたんやけど)
 居間の、リビングボードに置かれたインテリア水槽に張り付いて、直己は物思いにふけっていた。
 この中の金魚は、玄関のものと同じく祭りの戦利品。二つに振り分けたというより、入りきらなかったものが玄関に置かれたのが実情だ。因みに『金魚にはあれ』のハズなのに入れ物が違うのは、やはり母の主張による。なんでも、家具との雰囲気が合わなかったかららしい。

「直己(ナオ)――? そろそろ寝えやー?」
 ラジオ体操、行かれへんで、と続けながら母が押入れから布団を降ろし始める。
「うん……」
 それに空返事をして、尚も金魚を眺めていると、風呂から上がった姉の美鶴が缶ジュースを片手に戻って来た。そして、洗い髪を拭きながら言う。

ずーっと観とったら、大きいなるわけやなし

 言外に『いつまでも、コドモ――』というニュアンス。もっとも態度はあからさまに呆れていたので、直己も即、反応する。
「そんなん、思うてん、違(ちゃ)う!!」
 何より(ここが大事だ)本当に、そんな事は思っていなかったし。

 三歳年上の美鶴は、直己を自分のオモチャだと思っているフシがある。
 来年は中学生だというのに、その態度は今もって変わらない。しかしこの姉に鍛えられているせいで、直己は年齢の割には我慢強い子供になっていた――但し、あくまで他人に対して。
 現時点で直己にとって、美鶴は天敵のようなものだった。
 いつもの事とはいえ、すぐに一発触発状態になった我が子達を見て、呆れるより早く母は、思わず握り拳を震わせたのだった。
「どっちも早よ寝なさい――!!」